REPORT 現場リポート

ニューヨークカメラマン日記 Season3 Volume2

2023.10.11
制作技術・報道技術

 

 

■ 持続可能な社会のために? 南米リチウム生産の今

世界中で“観測史上最も暑い夏”となった今年、国連のグテーレス事務総長は「地球沸騰化」という言葉を使い警鐘を鳴らしました。
日本でも連日猛暑日が続き、皆さんが実感できるレベルで気候変動が起きていることがわかるのではないでしょうか。
そんな状況に歯止めをかけるべく、世界は環境に配慮したクリーンエネルギーを使用する方向に舵を切っています。
自動車業界では、温室効果ガスの排出を減らすために電気自動車の製造が推し進められていますが、そのバッテリーにはリチウムという物質が使われているのをご存じですか?
皆さんの持っているスマートフォンやPCなど、身の回りの様々なデバイスにもリチウムバッテリーが使われています。
脱炭素社会の実現に向けて、今後さらに需要の高まるリチウムがどうやって作られるのか、生産現場を取材してきました。

 


チリにあるリチウム生産プラント

 

■ リチウムは日本の裏側からやってくる

今や私たちの生活に欠かせないリチウムは、世界の様々な地域で生産されていますが、南米が最も埋蔵量が多く、特にチリ・ボリビア・アルゼンチンの国境地帯はリチウムトライアングルと呼ばれ、世界のリチウムの6割がここに埋まっていると言われています。
私たちはニューヨークを離れ、南米チリのアタカマ砂漠にあるリチウムの生産プラントを取材しました。
アタカマ砂漠にはアタカマ塩湖があり、その地下にリチウムが眠っています。
生産プラントでは地下からリチウムの溶け込んだ水をくみ上げ、東京ドーム1000個分という広大な敷地の中で天日干しにし、徐々にリチウムの濃度を濃くしていました。
アタカマ砂漠は世界一乾燥した場所といわれていて、水を蒸発させていくのに適した環境です。
天日干しにしている貯水池は濃度の薄いうちは水色をしており、濃度が濃くなるにつれて黄色く変化していきます。広い敷地内に色鮮やかな貯水池が並ぶ光景は強いインパクトがありました。
濃度の濃くなった液体は港近くの精製工場に運ばれ、薬品や水を使ってバッテリー用のリチウムが抽出されます。
 


世界一乾燥しているアタカマ砂漠


生産プラントにある貯水地

 

■ リチウムバッテリーはエコなエネルギー・・・?

リチウムの生産プラントでは、乾燥した場所の地下から大量の水をくみ上げていました。
多くの水を消費することによって、周辺の環境への影響はないのでしょうか?
私たちは、8000年以上前からこの地に住む先住民、アタカメーニョ族の村を訪ねました。
案内されたのはフラミンゴの生息する水辺。
その水位は地下水のくみ上げによって、年に1センチずつ減少しているといいます。それに伴いフラミンゴの数も減少し、かつては500羽以上生息していたものの、現在は30羽ほどしかいません。
フラミンゴはアタカメーニョ族にとって聖なる鳥。
そう語る女性の表情は、悲しみに満ちていました。

 


リチウム採掘で水位が年々減少


先住民の表情や言葉から無力感を感じました

 

また、地下水のくみ上げによる影響は水辺の水位だけでなく、周辺の植物にも及んでいるとアタカメーニョ族は話します。
アタカメーニョ族がリャマを放牧している場所では、多くの草が枯れ果て、リャマのエサとなる緑色の草はほんの一部となっていました。
彼らにとってリャマは毛皮などを利用することで貴重な収入源となっています。
しかし、エサとなる草が減少することで、放牧できるリャマの数も減少してしまい、彼らの生活への影響も懸念されていました。

 




リャマは枯れた草は食べないそうです

 

■ アンデス山脈を越えて、陸路でウユニ塩湖へ

チリ・アタカマ砂漠でリチウム生産の現状を取材した私たちは、現在新たなリチウムプラントが建設されている隣国ボリビアのウユニ塩湖へ向かいます。
アンデス山脈の道なき道を進むこと10時間、道中には様々な景色がありました。
まず驚いたのが、アンデス山脈の標高の高さでした。

 


チリとボリビアの国境

 

こちらの写真、奥に見える山で標高6,000mほどありますが、あまり大きくは見えませんよね。
それもそのはず、私が写真を撮っている場所で標高4,900mほどと、かなり高地となっていました。
この場所はチリとボリビアの国境なのですが、標高2,300mのアタカマ砂漠から、車で一時間もかからない距離にありました。
短時間で2,500m以上駆け上ったことで、体調にどのような変化があるのか、この時は全く知る由もありませんでした。
ボリビアに入国してからは、舗装されていない道がひたすら続きます。
道中、赤く染まる湖や、絵画のような砂漠、雪解け水の流れる渓谷など、様々な絶景を撮影しながら、ウユニ塩湖へと進みました。

 


赤く染まる湖


絵画のような砂漠


雪解け水の流れる渓谷

 

出発から10時間、どこまでも続く真っ白な景色、ウユニ塩湖に到着した頃に、私の体に変化が訪れます。
「あ、頭が痛い………」典型的な高山病の症状でした。
対策として高山病の薬を飲んではいたのですが、富士山にさえ登ったことのない私にとっては、いまだかつて経験したことのない高地で、環境に適応できなかったようです。
取材を終えてホテルに入り、酸素を吸入させてもらったあとは楽になり、翌日以降は問題なく業務を行うことができました。



果てしなく続く白の景色のウユニ塩湖


ホテルで酸素を吸入中

 

■ 鏡張りの絶景に眠るリチウム

一面真っ白な世界や鏡張りの絶景が楽しめることで、日本人にも人気の観光地、ウユニ塩湖。
この塩湖の下にも大量のリチウムが眠っています。
そのため、この地でもリチウムプラントの開発が始まっていました。
地元の方に話を聞いたところ、「リチウムによって発展するだろう」というポジティブな意見や、「景観が損なわれるのではないか?」という環境への影響の心配など、様々な声が聞かれ、チリのアタカマ砂漠と同じように、地元は難しい状況に置かれているようでした。

 


有名な鏡張りの景色を求めて多くの観光客がいました

 

■ 取材を通して

私たちの生活に欠かせなくなっているスマートフォンやPC、日本でも普及している電気自動車。私たちの便利さの裏で、地球の反対側では先住民の生活に影響が出始めています。
環境に配慮したエネルギーということで、リチウムの需要が高まるにつれて、生産地の環境に影響が出ているという矛盾を目の当たりにし、難しい問題ではありますが、自分自身考えるきっかけになりました。
これからもニューヨークだけでなく、日本から遠く離れた様々な場所の“今”を取材していきたいと思います。

 


先住民と筆者(右端)

 


 

◀ニューヨークカメラマン日記 Season3 Vol.1

ニューヨークカメラマン日記 Season3 Vol.3▶

カテゴリ