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運行技術部 発 ちょっとだけ技術なコラム 其の八 「ラウドネスの話」

2017.06.28 放送技術・写真技術

ラウドネスの話  「バラつきのない音量へ・個別最適から全体最適に!!」

■ はじめに
アナログ放送の時代からデジタル放送の初期にかけて、テレビ放送の番組とCMの切り替わり時、あるいはチャンネルを変えたときの音の大きさの違いが、「視聴者の快適な視聴を阻害する要因」として課題となっていました。ざっくり言うと「CMがうるさく感じる」「CMから番組に入ると音が小さく感じる」「チャンネルを変えると音が大きく感じる」などコンテンツや放送局によって音量の変化があるために、リモコンが手放せませんでした。視聴者にとってはストレスが溜まりますね。またこれは放送局にとっても長年の悩みでありました。

そこで2012年10月1日に、"民放連技術基準T032「テレビ放送における音声レベル運用基準」"という、テレビの音量に関する新しいルールが導入され、現在も各局で厳格に運用されています。
このルールの導入により、コンテンツが変わるたびにテレビの音量を調整することが格段に少なくなり、より快適に番組を楽しんでいただけるようになりました。
今回のコラムでは、この新ルール導入に至るまでの「音量のバラツキ解消に向けた取り組み」についてお話しましょう。


■ 昔...なぜ音のバラツキがでたのか
新ルールがあるからには旧ルールがあったはずです。それは簡単にいうと、
皆さーん、0VU(-20dbFS)を超えないように音作りをしましょうね」ということです。
(0VUという数字と単位は説明すると長くなるのでこの際無視します)

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これがVUメータというもので、音量(音圧)が大きいほど針が右に振れるようになっています。見たことがありますよね。この針が右側の赤いゾーンに行かないように音声マンは音量の調節を行うのです。
しかしこのVUメータは、例えば"指パッチン"のような瞬間的に大きな音は計ることができないのです。短い音に針が反応出来ないのですね。

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そこで瞬間的な大きな音(ピーク)も計れるデジタルVUメータが普及し、「皆さーん、ピーク値は+3dBを超えないようにしましょう」というルールが追加されました。
"+3dB"とは、右のテジタルVUメータで言うと、いちばん上の"3"まで到達した音量です。

さてこの二つの旧ルール、言葉は分かりやすいんですが、実際ちゃんと守ることができるんでしょうかね? 答えはNOです。
だって、音量というのは刻々と変化しますから正確に数値で表すことはできないし、VUメータそれぞれにも敏感だったり鈍感だったりとかの「個体差」がありますし、万人が納得して「これはOK」とは言えないんです。
そうするとこのルールは "番組制作の目安"みたいな扱いになってしまい、実際には現場の音声マンやMAミキサーの裁量に任される部分が大きかったのです。音声マンさんの「この程度なら大丈夫」「ちょっと超えちゃったけど一瞬だったから、まっいいか」というような判断がそのまま「ルールクリア」になっていたのです。これではコンテンツによって音量差が出てしまいますよね。

さらにCMの場合ですと、制作者さんが他のCMに負けまいと音量をルールぎりぎりまでエスカレートさせていた、という事実も残念ながらあったのです。15秒CMなら15秒間、基準ギリギリの音量がずっと鳴り続けるCMに対し、静かなシーンも多い番組本編が音量の面ではどうしても負けてしまうのです。

これらが音量のバラツキを生んでいたのでした。

■ 機械の耳と人間の耳は違う
さらにさらに、旧ルールをきちんと守ったとしても、まだ音のバラツキは出てしまうのです!

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再びVUメータに登場していただき、ちょっとした実験をしてみましょう。マイクの前でソプラノ歌手(高音)とバリトン歌手(低音)に「♪ア~~」と歌っていただきます。音量はどちらも同じ0VU。これをスピーカで同じボリュームで聴いてみますと...あら不思議、バリトン歌手のほうがかなり小さく聴こえてしまうのです。

これには訳があるのです。人間の耳というのは周波数によって聴こえやすい・聴こえにくいがありまして、2KHz~5KHz付近がもっとも聴こえやすく、周波数が低くなるほど聴こえにくいという"聴感特性"があるからなのです(ちなみに超高音も聞きにくくなります)。この実験から分かることは「機械的には同じ大きさの音でも人間には聴こえ方が違う」ということです。

ということで旧ルール、つまり機械の耳を基準にしたルールでは、バラツキを解消するにはそもそも無理がある、ということになったのです。こうしてまったく新しい発想による"ものさし"が求められることとなりました。


■ ラウドネス登場
かくして新ルールの策定が必要となり、そのルールには"人間の耳で聞いたときの音の大きさを基準"にしよう、という方針に転換することになりました。この考え方を"ラウドネス"と言います。これが新しい"ものさし"です。

しかしこれを具体化するとなると、なかなか難しい作業なんです。人間の聴覚の特性には、個人差は別として、
 ・周波数特性 = 周波数によって聴こえ方が違う。上の実験の例。
 ・マスキング特性 = 大きな音に埋もれた小さな音は聴きにくい。
 ・時間特性 = 瞬間的な音より持続的な音のほうが大きく聴こえる。
などがあますから、これらをパラメータにした関数を作ったり、アルゴリズムを作ったりしなければなりません。
音響の専門家が集まって喧々諤々、ああでもないこうでもないと議論すること?年。ついに統一した指針が示され、人間の耳の聴こえ方を数値化できる計器が開発されました。

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これが人間の耳を機械化した"ラウドネスメータ"です。このラウドネスメータの優れた点は、人間の耳で聴いた音量の瞬間の数値を計れるだけでなく、コンテンツ全体の音量を平均化した数値も計れることです。コンテンツにはうるさい部分と静かな部分が混在しているので、コンテンツ全体を平均化した数値がわかることは音のバラツキを合わせる上で重要な要素になります。この平均化した数値を"平均ラウドネス値"といいます。
この数値は、同じコンテンツならばいつ誰が計っても同じ結果が出ますので、音声マンの裁量が入り込む余地はないわけです。

さあこれで新しいルールが作れます。それはこうです。「皆さーん、平均ラウドネス値が-24.0LKFSになるように音作りをしましょうね
これが冒頭に出て来た長ったらしい基準の中身です。大切なのは、NHKを含む全ての放送局、全ての番組、全てのCMがこのルールを守りましょう、ダメなものは放送してはいけません、ということなんです。

現在、ほとんどのスタジオ・編集室・MAにはラウドネスメータが設置されていて、音声マンはVUメータはもちろん、ラウドネスメータも見ながら作業を進めることになります。生放送では番組冒頭から現在までの平均ラウドネス値が分かるので、最終的に基準値を超えないような音作りをしています。完成した番組は平均ラウドネス値を添付して放送局に搬入され、放送局側でも再度平均ラウドネス値を計ります。OKならば送出へ、NGならば差し戻して作り直しです。このようにして、ラウドネス値というはっきりした音量基準値が設けられたことで、番組CM間や放送局間の音のばらつきは少なくなったのです。

ただ、これで問題が解決したわけではありません。
平均ラウドネス値は一つのコンテンツに対しての平均値であるがゆえに、冒頭に音が大きくても段々音量を小さく作り込んでいくことで平均ラウドネス値としてはOK、ということもあります。またクラッシック番組のように音の強弱が大きい番組は、静かな部分で平均ラウドネス値を"貯金"しておき、大きな音の部分はより大きく出して帳尻を合わせる、なんてことも可能です。そのため、番組によってはCMとの音量差を感じることもあり得るのです。

このあたりのことは今後の課題となるでしょうが、この新ルールの運用によって音のバラツキ問題の大部分が解消されたことは実に大きく、画期的なルール変更になったと言ってよいでしょう。

それにしても音って難しいなぁ...。