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運行技術部 発 ちょっとだけ技術なコラム 其の五 「降雨減衰の話」

2017.04.10 放送技術・写真技術

衛星放送の宿命「降雨減衰」

今回のコラムは、地上波からちょっと離れて、「BS日テレ」や「WOWOW」を放送している"BSデジタル放送についての話をします。


■降雨減衰とは

台風や集中豪雨など、天候が不安定なときに衛星放送を見ていると、ブロックノイズが出たり、映像が映らなくなったりしたことはありませんか? これは衛星放送の宿命ともいえる"降雨減衰"という現象です。

衛星放送はその名の通り放送衛星を経由して各家庭に電波を届けています。この衛星は赤道上空36,000kmを地球の自転と同じ速度で周回しています。地球の自転と同じ速度で周回しているので、地上から見ると止まっているように見えるので"静止衛星"と呼ばれています。気象衛星の「ひまわり」も静止衛星ですね。

衛星放送の電波がどれくらいの距離を移動しているかというと、地球から衛星に行くまで36,000km、戻ってくるのに36,000km、合計72,000kmという長旅をしているんですね。
電波は光と同じ性質を持ち、真っすぐ進むため、こんなに長い距離を旅していると行く手には様々な障害物が待ち受けています。それは分厚い雲だったり、土砂降りだったり、ビルだったり、あるいは受信アンテナに止まったカラスだったり...。
電波はこういう障害物にぶち当ってしまうとスタミナを奪われ、電波が弱まってしまいます。
このような障害物のうち、雲とか雨などの「自然現象によって電波が弱まること」を"降雨減衰"と呼びます。
太陽に雲がかかると辺りが暗くなるのと同じですね。

この降雨減衰が限度を超えてしまうと、電波は「わたしもうダメ、とてもお宅まで辿り着けません」となって、映像にブロックノイズが出たり、まったく映らなくなったりするのです。


■降雨減衰には周波数・波長と密接な関係が...

実際には降雨減衰はあらゆる電波で大なり小なり起こっているのですが、それが受信障害という形で現れる割合は地上波より衛星放送のほうがはるかに高いのです。
それは、先ほど言ったように衛星放送の電波の移動距離が長いことと、衛星放送で使っている電波の特性が大きく関係しているからなのです。

BS放送で使われている電波は地上から放送衛星まで送るアップリンクではKUバンド帯(12GHz~18GHz)17GHz、衛星から地上に降り注ぐダウンリンクでも12GHzという高い周波数を使用しています。

image1.jpg

[参考:周波数の単位]
image2.jpg1Hzは1秒間に1周期の振動があること
1KHz(キロヘルツ)は1,000Hz
1MHz(メガヘルツ)は1,000,000Hz
1GHz(ギガヘルツ)は1,000,000,000Hzのこと










逆に電波を波長という単位で考えてみましょう。波長とは電波が1回振動するのにどれくらい進むのかを表したものです。

電波の速度=光の速度(約300,000km/秒)ですから、これを周波数で割ると波長が求められます。
計算をすると、BS放送の波長は、
アップリンクの17GHzでは1.7cm
ダウンリンクの12GHzでは2.5cm
地上波放送の500MHzでは60cm
となります。

一方で雨粒の大きさも見てみましょう。
雨粒は小さなもので直径0.3mm以下から、夕立のように大きなものは直径4~6mm程度と言われています。
電波が雲や雨粒に当たると、雨粒がレンズの役割を果たして電波を吸収したり散乱させてしまって電波が弱まってしまいます。これが降雨減衰です。

ここでいきなり結論です。

先ほど、「電波が雨粒に当たると吸収・散乱が起きて電波が弱まる」と書きましたが、これには続きがあるのです。すなわち

 電波の波長が雨粒の大きさに近づくにつれて、電波は吸収・散乱しやすくなる

という特性が電波にはあるのです。
言い換えれば、

 (同じ気象条件なら)波長の短い(周波数の高)電波ほど降雨減衰が起こりやすい

となります。

image3.jpg

それではどのくらいの条件で降雨減衰による受信障害が起きるかというと、一般的には1時間あたりの雨量が20~30mm(雨音で話が聞こえないくらいの雨量)で降雨減衰が大きくなります。
それではなぜ衛星放送は降雨減衰の起きやすい、そんな周波数の高い電波を使っているの?という疑問が出ると思います。
この高い周波数帯は、実際には電波の利用が多すぎるため電波伝搬には条件が悪いのですが、「電波の窓」*1と呼ばれ、衛星通信に最も適した周波数と言われています。周波数は国際電気通信条約に基づき国際電気通信連合(ITU)が中心となって国際的な取り決めが行われ、そのもとで各国の管理が行われています。

*1「電波の窓」・・・比較的電波の減衰が少なく、かつ雑音が低い宇宙通信に適した 1GHzから 10GHzまでの周波数帯をいう。電波は、大気圏において、100MHz以下の周波数では、電離層で反射または吸収を受けて減衰する。また、10GHzより高い周波数では大気で吸収され、雨、雲により減衰する。一方、雑音については、1GHz以下の周波数は宇宙雑音の影響が比較的大きく、10GHz以上の周波数は大気雑音の影響を受ける。しかし,近年の衛星通信の著しい需要の増加に伴い、10GHz以上の周波数帯をも使用する必要が出てきて、現在では 275GHzまでの周波数帯が国際的に割り当てられている。(電波の窓(でんぱのまど)とは - コトバンク


■アップリンクの降雨減衰は影響甚大

降雨減衰はアップリンクでもダウンリンクでも起こりますが、先ほどの波長で考えるとダウンリンクよりアップリンクの方が降雨減衰は起こりやすくなります。

アップリンクで降雨減衰による障害が起こると、そもそも大元の衛星に電波が届きにくくなるわけですから、最悪の場合、日本中でBS放送が映らない、ということになります。これはとても深刻な事態で、放送の出し手としてはなんとしてもアップリンク障害は避けなくてはなりません。
アップリンク局では気象条件によって衛星に打ち上げる電波の主力を上げたり下げたりという調整を常時行っているのですが、それでも完全にアップリンク障害を回避することはできません。
そこで、アップリンク局を場所の離れた所に複数個所設けて、降雨減衰がより少ない局に切り替えて放送が途切れることのないように対応しています。
BS放送の場合は、渋谷(東京都)・菖蒲(埼玉県)・君津(千葉県)の3か所にアップリンク局が配置されています。それぞれ50Km程度離れており、三か所が同時に集中豪雨になる確率が低かろうという経験則に基づいて配置されたものです。
余談ですが、アップリンク局を複数設置するのは降雨減衰対策のためだけではなくて、1つのアップリンク局がメンテナンス期間に入ったときの予備局としての役割も果たしています。


■ダウンリンク障害はどうしようもない

ご自分の住んでいる地域にゲリラ豪雨が来た、または南西(衛星のある方向)にカミナリ雲が発生してその地域が豪雨になっているらしい...こういうときにダウンリンクによる降雨減衰が発生し、ひどくなるとやがて視聴が出来なくなります。

ダウンリンクで障害が起きた場合は、これは限定された地域での異常気象という不可抗力によるものですから、放送局としては手のほどこしようがありません。「ごめんなさい。天候が回復するまでしばらくお待ちください」と言うしかありません。
「見たい番組が見られなかったり、裏録画が・・・どうしてくれるんだ!」というお怒りはごもっともですが、楽しみにしていた野外イベントが雨天中止になることと同じで、仕方がないと納得していただくしかありません。


■ささやかですが降雨減衰対策

このように、衛星放送には降雨減衰によるダウンリンク障害がつきもので、年に数回はあるものと思っていたほうがよいです。
放送局としてもこのことは十分承知しておりまして、その配慮として同じ番組を日時を変えて再放送するような編成を行っています(もちろん放送権の問題で再放送が出来ない番組もありますが)。
また放送局によっては見逃した方のためにオンデマンドのようなサービスもあります。