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運行技術部 発 ちょっとだけ技術なコラム 其の参 「系統図の話」

2017.03.02 放送技術・写真技術

欠かすことの出来ない地図 ~系統図の話~

■系統図とは「地図」である

"系統図"という言葉を耳にしたことはありますか?
百聞は一見にしかずで、簡単な系統図をお見せしましょう。

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これは「わが家のTV視聴環境・信号系統図」です。ブルーレイやDVDレコーダをお持ちのお宅は、だいたいこのような系統図になるのではないでしょうか。これを見ればアンテナで受信した信号がどのような機器を通ってテレビまで流れているかがわかります。
もしこれに「BS放送も見たいなあ」とか「TVを5.1chサラウンドで楽しみたいなあ」となると、機器や線がどんどん増えて複雑になってゆくわけですね。
系統図というのは、なにも信号を対象としているだけではなくて、流れるものならなんでも系統図にすることができ、例えば「電力」「車両」「路線図」など、ハードウェア、ソフトウェアを問わず様々なところに使われています。
例えばドライブの計画を立てるときは、地図を使って出発地点からどこを通っていけば目的地に辿り着けるかを確認しますよね。ルートの途中に通行止めがあったときは、迂回路を調べたりしますね。
テレビ局でいう系統図とはまさにこれと同じで、「信号の出発地点から目的地までの流れを表した地図」なのです。
今回は、放送局にとって系統図はなにか?についてお話しましょう。


■運用に欠かせない系統図

私が普段働いているマスター(主調整室)は、放送の最終段を監視している部署です。ここではスタジオや中継先など色々なところから入ってくる信号(出発地点)に、字幕やデータ放送などのデータを足したり、速報スーパーをいれたり、とにかくいろんな味付けをして最終的に送信所のある東京スカイツリーやネット局(目的地)に絶えずお送りしています。
それらマスター内での入力から出力のすべてについての系統図が存在しています。
他にも電源についての系統図や制御LANだけの系統図もあります。
これらの系統図がどれほどあるか改めて調べてみると、A2サイズで120枚、一度に広げれば約30平米になります。
マスターだけでこの量ですから、放送局全体の系統図の量は? ...推して知るべし、です。
さて、系統図というのは、その場所にあるシステムの縮図なので、これを見れば実物の機器やケーブルを辿らなくても、信号がどこをどう流れているかがわかります。

この系統図がもっとも重宝されるのは「イレギュラーなこと」をするときです。
普段放送局は何事もなかったように番組表通りに放送していますが、実はその裏ではシステムの修理とかテストとかを行っていることがあります。例えば「この機器は故障が多いから交換しよう」とか、「新しいデータ放送コンテンツを開発したから送出テストをやってみたい」とかです。
これらを今やっている放送に支障をきたさずに行うために、技術者は系統図と睨めっこします。「まず新しいケーブルでこの機械をバイパスさせて、あの機械につないで、モニターはここにつないでと。待てよ、念のために電源はこっちから取ってと...」というように、ああでもないこうでもないとやるのですが、その思考の元となるのが系統図です。
言うまでもないことですが、技術者は系統図が読めないと仕事になりません。単に信号の流れが分かっているだけでなく、その道中に機器がどんな役割を果たしているかを理解していなくてはならないのです。


■トラブル発生! 系統図出動!

また、あまりあってほしくないことですが、放送中に機器トラブルが起きた時には、原因を解明するために「系統図を追う」という、トラブル箇所を特定していく作業を行います。犯人捜しの始まりです。

簡単な例で説明しましょう。
下の図は、マスターのシステムを極端にシンプルにした系統図です。

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マスターは、ほんのわずかでも「放送が止まる」ということは許されないため、危機管理の観点から日本テレビではほとんどの機器が三重化されています。つまり、同じ機器を3つ用意し、いつでも簡単に系統を切り替えられるようにすることで、トラブルを回避しているのです。
上の図では一番上の赤い実線が現在放送している系統であり、残りの2つはいつ放送を切り替えられてもいいようにスタンバイ中、ということになります。

このようなシステムで放送していたところ、突然トラブル発生です!

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出力信号(オンエア)のモニター⑤の監視をしていたら、画面に突然ノイズが発生しました。
先述したように放送が止まることも障害が継続することも許されません。
さあ技術者の出番、すぐに対処します。

まずは放送を正常に戻すための行動開始!
各機器のOUTの映像音声をモニターで確認出来るポイントがあるので、スタッフ数名で手分けをし、下流から上流に向かって見ていきます。ちなみに"上流・下流"とは放送業界でよく使う用語です。系統図を川の流れに例え、ある視点から見たとき、信号が流れて来る方向を上流、流れて行く方向を下流と言います。決して身分のことではありません。

 圧縮多重装置④から出ている信号  NG(ノイズあり)

では、圧縮多重装置④のひとつ手前、機器A③から出ている信号をそれぞれ確認すると...

 機器A-1③から出ている信号    NG(ノイズあり)
 機器A-2③から出ている信号    OK
 機器A-3③から出ている信号   ➡ OK

となっていました。
これらの事実から、予備の機器A-2と予予備の機器A-3から出ている信号はOKなので、予備と予予備は正常に動作していると推測できます。すぐに系統切り替えボタンを押して機器A-2を現用へと切り替えます。なお3つの系統の共通機器である「圧縮多重装置④」がトラブル発生元であることも、ほんの僅かながら可能性があります。しかし現用系のノイズが出ているモニターを辿ると「トラブル発生元は機器A-1か、その上流のどこからしい」と考えられますし、もし圧縮多重装置がトラブル発生元だったとしても、系統を切り替えることによって、少なくともトラブルがこれ以上悪化することはありませんから、系統切り替えは「やって損のない措置」であり、かつ「ただちにやるべき措置」と言えます。

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切り替え後に最終段にある出力信号⑤を確認して、ノイズがなくなったことを再度確認します。
これで放送が復帰しました。ひとまず安心です。

さて、ここからは実際になにがノイズの発生元になっているかを突き止めていきます。
さきほどまで現用、今は予予備になっている、図中の赤の系統を上流へ辿っていきましょう。

 ●機器A-1から出ている信号は、相変わらずノイズ発生中でNG
 ●その上流にある信号分配器②から機器A-1に向けて出ている信号は正常

ということは...

 ●「機器A-1が故障してノイズの発生元になっていた可能性」
 ●「信号分配器と機器A-1を繋ぐケーブルに問題があった可能性」

が有力になります。
これ以外にも原因の可能性はあることはあります。例えば、先に挙げた2つの可能性が同時に起きた場合とか、モニター本体やモニターを結ぶケーブルに問題があった場合などです。いずれの場合でも最終的にはトラブル発生元を突きとめることはできますが、優先順位として、まず放送に直接関わっている機器や結線を最初に調査するのが王道です。

その後さらに追及します。
信号分配器と機器A-1とを結ぶケーブルを新しい(正常な)ケーブルに繋ぎ替えてみて、機器A-1から出ている信号のモニターに注目します。

 《それでもノイズが出る》
   ➡ 機器A-1自体の故障と判断し、メーカーさんへ修理や交換を依頼します。

 《ノイズが消えた》
   ➡ ケーブルの不具合と判断し、ケーブル交換を行います。

これで系統図を使ってトラブルの発生元を特定することができました。
...めでたしめでたし。

ただし、このようなケーブルを繋ぎ替えるという作業は、現在放送に使っていない系統とはいえとても危険です。例の場合ではもうひとつの予備系が正常動作していますので、早急に作業をする必要もありませんので、しばらくこのままにしておき、放送休止など何か問題が起きても放送に影響のない時間帯に行うのが一般的です。


■嚙むほどに 味が増します 系統図

簡単な事例で説明しましたが、系統図の重要さがわかっていただけたでしょうか。
実際に放送局が使っている系統図は遥かに複雑かつ大量。全部を理解するのは大変です。
そのため「今度こんな改修がある」とか「放送に影響はなかったけど、こんな小トラブルがあった」という機会があるたびにその部分の系統図を引っ張り出して勉強します。
念のために言っておきますが、「系統図を勉強する」とは系統図を暗記することではなくて、"システムを理解する"ことです。
こういう勉強を繰り返していると、やがて信号の流れや機器の役割がわかるだけでなく、「なーるほど、ここにこの機器が繋がっているのはこういうわけか!」みたいな"システムの設計思想"が見えてきます。
こうなればしめたもの。系統図を読むことが喜びに変わります。
実際、ヒマさえあれば系統図を眺めている"系統図オタク"がわがマスターにはおります。(これとは別に"マニュアルオタク"というのもいますが)

よく、系統図を見ていると、頭が痛くなる・めまいがする・眠くなる・気分が悪くなる、という人がいます。
これは"系統図病"の初期症状でして、大抵の人はしばらくすれば治ります。
何年たっても症状が改善しない人は...「まあ、(技術者には)向いてないんじゃない?」ということになってしまうかも?!

今回はこのへんで。
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筆者